マツコ・デラックス若い頃の画像が別人!編集者時代のモテ期と女装を始めた転機は?

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鋭い観察眼と毒舌トークで日本のテレビ界に欠かせない存在となっているマツコ・デラックスさん。

そんなマツコさんですが、若い頃の姿は現在とは全く違う「別人」のようだったと話題になっています。

編集者時代には情熱的な恋愛を経験し、女装を始めた転機には運命的な出会いがあったといいます。

そこで今回は、

  • マツコ・デラックスさんの若い頃の画像
  • 編集者時代のモテ期エピソード
  • 女装を始めた転機

について詳しく見ていきましょう。

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目次

マツコ・デラックス 若い頃の画像が別人?

現在は豪華なドレス姿でテレビに出演しているマツコ・デラックスさん。

そんなマツコさんですが、若い頃の姿は現在とは全く異なる「普通の男性」だったのでしょうか。

マツコさんの若い頃の姿は、短髪で眼鏡をかけた知的な印象の男性でした。

1972年10月26日生まれのマツコさんは、千葉県稲毛区の出身です。

高校卒業後は美容専門学校に進学し、卒業後は美容師見習いとして働いていました。

この時期のマツコさんは、まだ現在のような豪華なドレス姿ではなく、普通の男性の格好で生活していたといいます。

ネット上で話題になる若い頃の画像には、大きく分けて2つのパターンがあります。

1つ目は編集者時代の20代の姿で、短髪に眼鏡をかけた清潔感のある男性の姿です。

体格は当時から大柄でしたが、今ほどのボリュームではありませんでした。

2つ目は女装デビュー初期の姿で、当初は「マツコ・デラックス」という名前ではなく、もっとアングラな女装パフォーマーとして活動していました。

今のエレガントなスタイルよりも、もっと派手で攻撃的なドラァグクイーン的なメイクだったそうです。

美容師見習い時代には、シャンプーのしすぎで手が荒れてしまい、わずか半年で挫折したという苦労話もあります。

この挫折がなければ、今の毒舌コラムニストとしてのマツコさんは存在しなかったかもしれません。

その後、20代半ばの1990年代後半にはゲイ雑誌『Badi』の編集者として勤務することになります。

この編集者時代が、マツコさんの人生における大きな転機となりました。

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マツコ・デラックス 編集者時代のモテ期

知的な魅力と文章力で編集者として活躍していたマツコ・デラックスさん。

そんなマツコさんですが、編集者時代には華やかな恋愛を経験していたモテ期があったのでしょうか。

マツコさんの編集者時代は、情熱的な恋愛を経験していたモテ期だったようです。

20代の頃、ゲイ雑誌『Badi』の編集者として働いていた時期のエピソードが、当時の同僚たちから明かされています。

当時の同僚であるブルボンヌさんの証言によると、編集部時代のマツコさんは「かなりお盛んだった」とのことです。

雑誌の表紙を飾るような、いわゆる「ハンサムボーイ」とも交際していたという華やかなエピソードがあります。

当時のマツコさんは非常に一途で情熱的だったそうです。

地方取材で好きになった相手に会うために、突発的に新幹線に飛び乗り、相手の家のドアを叩き続けたというエピソードもあります。

今のアネゴ肌なキャラクターからは想像もつかない「ストーカー気質」な一面もあったと語られています。

当時のマツコさんは、短髪に眼鏡、Tシャツといった「清潔感のある大柄な男性」というスタイルでした。

当時から文章力や分析力に長けており、その知的な振る舞いや、若くして編集会議を仕切るようなリーダーシップが魅力的に映っていたようです。

特にゲイコミュニティ内では、その知的な魅力が周囲の男性から支持されていたといいます。

一方で、マツコさん本人はテレビ番組で「私はイケメンじゃないから苦労した」「モテない側の気持ちがわかる」といった発言を繰り返しています。

しかし、周囲の証言を見る限り、特定の層からはかなり支持されていたことが伺えます。

この活発な20代前半を過ぎ、20代後半で編集部を辞めた後、マツコさんは約2年間の実家引きこもり生活に入ります。

この時期は恋愛からも遠ざかり、自身の内面と向き合う孤独な時間だったと振り返っています。

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マツコ・デラックス 女装を始めた転機はいつ?

出典:スポニチ

現在は女装スタイルで活躍しているマツコ・デラックスさん。

そんなマツコさんですが、女装を始めたきっかけや転機となった出来事はいつ、どのようなものだったのでしょうか。

マツコさんが女装を始めた転機は、20代半ばの編集者時代に同僚のブルボンヌさんに誘われたことでした。

出典:Instagram フルボンヌさん

20代半ばの1990年代後半、ゲイ雑誌『Badi』の編集者として勤務していた時期のことです。

この編集者時代に、同僚だった女装パフォーマーのブルボンヌさんに誘われ、初めて本格的な女装をしてイベントに出演しました。

当初は「遊び」の延長でしたが、そこで自分の居場所を見つけた感覚があったそうです。

実家暮らしの頃には、女装道具を入れた大きなトランクを廊下に置き忘れてしまったことがあります。

父親に「アイツは舞台でもやってるのか?」と怪しまれたという有名なエピソードもあります。

20代後半に編集部を辞めた後、マツコさんは約2年間、実家で引きこもり生活を送っていました。

その間、同級生の近況を調べて「幸せランキング」を勝手に作成するなど、鬱屈とした日々を過ごしていたと告白しています。

この引きこもり生活を送っていたマツコさんを、再び表舞台へ引きずり出したのが作家の中村うさぎさんです。

マツコさんの文章に惚れ込んだ中村さんは、自身の対談相手としてマツコさんを指名しました。

そして「あんた、その姿(女装)で世の中に出なさいよ」と背中を押したのです。

この出会いがなければ、現在の「マツコ・デラックス」は誕生していなかったと言われています。

なお、マツコさんは性自認としては男性で、女装はパフォーマンス上の表現であるとされています。

法的に性別変更を行ったという大手報道による確認はありません。

2000年前後にテレビデビューし、独特のキャラクターで人気を集めました。

現在では数多くのテレビ番組にレギュラーやコメンテーターとして出演し、その鋭い分析力から日本のテレビ界には欠かせない存在となっています。

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まとめ

マツコ・デラックスさんの若い頃の画像は、短髪で眼鏡をかけた知的な印象の男性で、現在とは全く異なる姿でした。

編集者時代のモテ期は、20代のゲイ雑誌『Badi』編集者時代で、情熱的な恋愛を経験していたようです。

女装を始めた転機は、20代半ばに同僚のブルボンヌさんに誘われたことと、引きこもり後に作家の中村うさぎさんに背中を押されたことでした。

これからもマツコ・デラックスさんのご活躍を応援していきましょう。

それではありがとうございました。

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