スノーボード界のトップアスリートとして世界中から注目を集める平野歩夢さん。
そんな平野歩夢さんですが、なぜ「化け物」と呼ばれるほどの評価を受けているのでしょうか。
特に2026年1月のW杯での大怪我から、わずか25日でミラノ・コルティナ五輪に復帰した姿は、多くの人々に衝撃を与えました。
そこで今回は、
- 平野歩夢さんが化け物と呼ばれる理由
- 25日で五輪復帰を果たした経緯
- 平野歩夢さんの過去の重傷
について詳しく見ていきましょう。
平野歩夢が化け物と呼ばれる理由は驚異の回復力?
北京五輪で金メダルを獲得し、世界最高峰の技術を持つ平野歩夢さん。
そんな平野歩夢さんですが、なぜ「化け物」と呼ばれるようになったのでしょうか。
平野歩夢さんが化け物と呼ばれる理由は、異次元の回復力と精神力、そして世界トップレベルの技術力にありました。
まず最も注目されているのが、その驚異的な回復力です。
2026年1月17日のW杯決勝で、平野歩夢さんは板が折れるほどの激しい転倒を経験しました。
この転倒により、腸骨や鼻骨など複数箇所の骨折と打撲という重傷を負ったのです。
通常であれば数ヶ月の療養が必要とされる怪我でしたが、平野歩夢さんはわずか25日後にミラノ・コルティナ五輪の公式練習に参加しました。
一緒に練習した若手選手の山田琉聖さんからは「バケモノ」と表現されるほどの回復ぶりだったそうです。
次に、平野歩夢さんの精神力の強さも「化け物」と呼ばれる大きな理由です。
平野歩夢さんは「戻れる可能性が1%でもあるなら滑りたい」と語り、痛みを抱えながらも五輪出場を決意しました。
骨折の影響で本来のスタンスや踏み込みができない状態でも、板のセッティングを調整し、普段とは逆の足を駆使した構成で予選を突破したのです。
さらに、平野歩夢さんの技術力も世界最高レベルです。
前回の北京五輪では金メダルを獲得し、トリプルコーク1440という革命的な高難度トリックを成功させました。
今回の五輪でも、怪我の影響がある中で85.50点を記録し、予選7位で決勝進出を果たしています。
世界のレジェンドであるショーン・ホワイトさんも「信じられない」と平野歩夢さんへの賛辞を送っており、国内外から高い評価を受けています。
また、平野歩夢さんは東京五輪でスケートボード、北京五輪でスノーボードという二刀流の挑戦を成功させたことも「化け物」と呼ばれる理由の一つです。
スケートボードでの経験が、スノーボードでの空中感覚や着地の粘りに繋がっていると言われています。
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平野歩夢が25日で五輪復帰

数々の困難を乗り越えてきた平野歩夢さん。
そんな平野歩夢さんですが、どのようにして25日という短期間で五輪復帰を果たしたのでしょうか。
平野歩夢さんの25日での五輪復帰は、段階的なリハビリと強い意志によって実現されました。
2026年1月17日、スイスで開催されたW杯の決勝で平野歩夢さんは激しく転倒しました。
顔面と下半身を強打し、鼻や口から激しく流血する様子が報道され、多くのファンが心配しました。
診断の結果、骨盤を構成する腸骨の骨折および複数箇所の骨折と打撲という重傷でした。
しかし幸いにも、骨はズレておらず、段階的な練習再開が可能との判断が下されました。
怪我の直後、平野歩夢さんは一時的に松葉杖や車いすでの生活を余儀なくされました。
通常であれば、このような怪我からの復帰には数ヶ月かかるとされています。
しかし平野歩夢さんは、五輪出場への強い意志を持ち続けました。
2月7日、五輪会場でのテスト滑走に参加した平野歩夢さんは「体は何とか大丈夫」とコメントしました。
痛みが残る中でも、雪上での感触を確認し、復帰への手応えを感じていたようです。
翌2月8日には、五輪の公式練習初日に参加しました。
スピードや高さを抑えながらも滑走する姿に、治部コーチからは「安心した」との評価が出ました。
そして2月11日、予選本番で平野歩夢さんは85.50点を記録し、7位で決勝進出を果たしました。
怪我を感じさせない滑りに、海外メディアや国内のファンから驚きと称賛の声が上がりました。
SNSでは「ホントに骨折してるのか」「やべえ」といったコメントが相次ぎ、平野歩夢さんの復帰劇は大きな話題となりました。
平野歩夢さんは「骨折の痛みを無にさせていかなきゃ」と語り、痛みと向き合いながら戦う決意を示しています。
この25日間での復帰は、医学的にも異例とされ、平野歩夢さんの身体能力の高さと精神力の強さを改めて証明する結果となりました。
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平野歩夢の過去の重傷

常に限界に挑戦し続ける平野歩夢さん。
そんな平野歩夢さんですが、過去にはどのような重傷を負ってきたのでしょうか。
平野歩夢さんの過去の重傷で最も深刻だったのは、2017年3月の内臓破裂と肺挫傷でした。
当時18歳だった平野歩夢さんは、米国のUSオープンで激しく転倒しました。
この転倒により、肝臓破裂と左肺挫傷という、スノーボードの怪我の域を超えた重傷を負ったのです。
一時は集中治療室に入るほどの状態で、医師からは「あと1cmずれていたら死んでいた」と告げられました。
この怪我は、平野歩夢さんの選手生命だけでなく、命そのものを脅かす危険なものでした。
しかし平野歩夢さんは、この絶望的な状況からわずか半年後には雪上復帰を果たしました。
そして翌年の平昌五輪では銀メダルを獲得し、世界中を驚かせました。
この「死の淵からの復活」が、平野歩夢さんの伝説の始まりとなったのです。
また、今回の2026年1月の怪我も、過去の重傷に匹敵する深刻なものでした。
W杯での転倒時には、スノーボードの板が真っ二つに折れるほどの衝撃だったと報道されています。
その衝撃を受けた本人が数週間後に五輪で滑っている事実に、SNSでは「サイボーグか」といった驚きの声が上がりました。
スノーボードのハーフパイプは、高難度トリックの習得中に転倒や負傷が比較的日常的に起きる競技です。
しかし平野歩夢さんは、怪我後も常に世界トップクラスの競技力を維持し続けている点が際立っています。
今回の骨折時には、弟の海祝さんがSNSで「生きていてくれて本当に良かった」と投稿し、大きな話題となりました。
海祝さんは今回の五輪代表入りは逃しましたが、現地イタリアに駆けつけ、兄の命懸けの滑りを見守っています。
平野歩夢さんは北京五輪で金メダルを獲得した後、次の目標として「結果」だけでなく「自分自身の限界や命の燃やし方」を重視する発言を増やしています。
今回の強行出場も、単なるメダル狙いではなく、平野歩夢さん自身の生き様の表現として注目されています。
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まとめ
平野歩夢さんが化け物と呼ばれる理由は、異次元の回復力と精神力、そして世界トップレベルの技術力にありました。
平野歩夢さんの25日での五輪復帰は、段階的なリハビリと強い意志によって実現されました。
平野歩夢さんの過去の重傷で最も深刻だったのは、2017年3月の内臓破裂と肺挫傷でした。
これからも平野歩夢さんのご活躍を応援していきたいですね。

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