日本の男子バレーボール界を長く支えてきた深津英臣さん。
そんな深津英臣さんには、同じくバレーボールで活躍してきた2人の兄がいることをご存知でしょうか。
「深津3兄弟」として知られる旭弘さん・貴之さん・英臣さんは、全員がトップレベルで活躍してきた非常に珍しい兄弟です。
そこで今回は、
- 深津英臣さんの3兄弟は本当に全員が代表級なのか
- 3兄弟の生い立ち
- 3兄弟それぞれのバレーボールでの活躍
について詳しく見ていきましょう。
深津英臣の3兄弟全員が代表級?

バレーボール一家に生まれ、兄弟そろってトップで活躍してきた深津英臣さん。
そんな深津英臣さんですが、3兄弟は本当に全員が代表級の実力者なのでしょうか。
深津3兄弟は、五輪代表・元代表キャプテン・日本代表コーチと、全員が日本のトップレベルに関わってきた実力派ぞろいです。
長男の旭弘さんは、パリ五輪の日本代表に選ばれたセッターさんです。
次男の貴之さんは、現役引退後に日本代表のコーチを務めています。
三男の英臣さんは、日本代表のキャプテンを務めた経験を持つ司令塔です。
3人ともが日本代表に関わってきたというのは、非常に珍しいケースだといえます。
男子バレー界では「深津家最強論」と呼ばれるほど、屈指のバレー一家として知られています。
(スポンサーリンク)
深津英臣の3兄弟の生い立ち

全員がトップレベルで活躍してきた深津英臣さん。
そんな深津英臣さんたち3兄弟は、どのような生い立ちを歩んできたのでしょうか。
深津3兄弟は愛知県豊田市のバレーボール一家に生まれ、3人とも星城高校から東海大学へと同じ道を歩みました。
3兄弟は、バレーボールの経験者や指導者がいる家庭に生まれ育ちました。
長男の旭弘さんは、小学5年生のときに先生の勧誘でバレーボールを始めたといいます。
その姿を見て、弟の貴之さんも自然とバレーボールの道へ進みました。
三男の英臣さんは小学2年生からボールを握り、幼い頃から「素質は英臣が一番」と評価されていたそうです。
3人はそろって愛知の名門・星城高校から東海大学へと進学しました。
同じ道を歩みながら、それぞれが全国レベルのタイトルを手にしてきたのは見事というほかありません。
(スポンサーリンク)
深津英臣の3兄弟の活躍

司令塔として黄金期を築いた深津英臣さん。
そんな深津英臣さんたち3兄弟は、それぞれどのような活躍を見せてきたのでしょうか。
長男・旭弘さんは遅咲きの五輪代表、次男・貴之さんは日本代表コーチ、三男・英臣さんは元代表キャプテンと、それぞれ違う形でトップに立っています。
長男の旭弘さんは、東海大学4年時にチームの5冠達成を経験した実力者です。
1987年生まれの旭弘さんは、30代後半にして初めての五輪出場を叶えた遅咲きの選手として大きな注目を集めました。
次男の貴之さんは、現役時代はアウトサイドヒッターとして泥臭く熱いプレーを見せていました。
引退後はウルフドッグス名古屋や日本代表のコーチとして、ベンチからチームを支えています。
三男の英臣さんは、パナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)の絶対的司令塔として黄金期を築きました。
日本代表のキャプテンを務めた経験もあり、兄弟の中で最も早く代表でブレイクした存在です。
2024年のSVリーグでは、長男の旭弘さんと三男の英臣さんが対戦し、ベンチには次男の貴之さんコーチもいるという「3兄弟そろい踏み」も実現しました。
弟の英臣さんは兄の旭弘さんをユーモアたっぷりに弄りながらも、コートを引っ張る空気感は自分にはつくれないと最大限の敬意を送っているといいます。
(スポンサーリンク)
まとめ
今回は、深津英臣さんの3兄弟について生い立ちや活躍を調べてみました。
愛知県豊田市のバレーボール一家に生まれた3兄弟は、そろって星城高校から東海大学へ進む同じ道を歩みました。
長男の旭弘さんは遅咲きの五輪代表、次男の貴之さんは日本代表コーチ、三男の英臣さんは元代表キャプテンと、全員がトップレベルで活躍しています。
兄弟ならではの深い絆とユーモアあふれる関係も、多くのファンを惹きつけています。
これからも深津英臣さんのご活躍を応援していきましょう。
それではありがとうございました。
(スポンサーリンク)
コメント