日本代表のミドルブロッカーとして注目を集めているエバデダン・ラリーさん。
身長195cmという恵まれた体格と、高いジャンプ力で日本代表に欠かせない存在になっています。
父親がナイジェリア人、母親が日本人というハーフでもあり、その恵まれた身体能力から注目を集めてきました。
そんなエバデダン・ラリーさんですが、高校時代は本当に無名選手だったのでしょうか。
また、どのような経緯で日本代表に選ばれるまでになったのかも気になるところです。
そこで今回は、
- エバデダン・ラリーさんの高校時代のエピソード
- エバデダン・ラリーさんが日本代表に選ばれた理由
について詳しく見ていきましょう。
エバデダン・ラリー|高校時代は無名選手?

今でこそ日本代表の主力として活躍しているエバデダン・ラリーさん。
そんなエバデダン・ラリーさんですが、高校時代は本当に無名選手だったのでしょうか。
結論から言うと、エバデダン・ラリーさんは高校時代から全国区で注目される実力派選手でした。
エバデダン・ラリーさんは2000年8月18日、岐阜県海津市の出身です。
木曽川・長良川・揖斐川に囲まれた自然豊かな地域で育ち、本人も地元への愛着をたびたび語っているそうです。
実は小さい頃はバレーボールではなく野球をしていたというエピソードがあります。
「日光が苦手だった」というユニークな理由から屋外競技を続けるのが難しくなったそうです。
そこで3歳年上の兄、エバデダン・ジェフリー・宇意さんの影響を受け、小学4年生でバレーボールを始めました。

地元の海津市立今尾小学校に通いながら、今尾ジュニアバレースポーツ少年団に所属していたそうです。
当初は「兄がやっているから」という程度の気持ちだったものの、運動神経の良さから急速に上達していったといいます。
中学校は地元の海津市立平田中学校に進学しています。
中学時代には毎年約10センチずつ身長が伸び、1年生の頃は170センチ台だったのが、3年生の頃には190センチ近くまで成長したそうです。
この体格と身体能力が評価され、全国選抜大会であるJOCジュニアオリンピックカップの岐阜県代表にも選出されました。
周囲からは「将来は日本代表」とすでに期待されていたようです。
ただ本人は「自分は下手だと思っていたので、なぜそんなに期待されるのか分からなかった」と当時を振り返っており、実は自信がなかったといいます。
高校は兄と同じ創造学園高校、現在の松本国際高等学校に進学しています。
全国屈指の強豪校であり、監督宅を改築した寮での共同生活を送っていたそうです。
外出禁止や携帯電話の回収など、規律の厳しい環境だったといいます。
それでもレベルの高さについていけず、何度も「高校で終わろう」と考えたこともあったと明かしています。
そんな苦しい時期を支えてくれたのが、同期と鍋を囲んで過ごした寮生活の時間だったそうです。
それでも努力を重ね、高校1年生の秋からはレギュラーとして試合に出場するようになりました。
春の高校バレーには3年連続で出場を果たしています。
特に3年生の時には優勝候補だった洛南高校と準々決勝で激闘を繰り広げました。
当時のエース級だった大塚達宣さんらを擁する強豪相手に互角の戦いを見せ、全国的にその名を知られる存在になったそうです。
こうして振り返ると、高校時代のエバデダン・ラリーさんは決して無名ではなく、すでに全国クラスの評価を受けていた選手だったことが分かります。
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日本代表に選ばれた理由とは?

数々の実績を残し、日本代表に欠かせないミドルブロッカーとなったエバデダン・ラリーさん。
そんなエバデダン・ラリーさんですが、なぜ日本代表に選ばれるまでになったのでしょうか。
エバデダン・ラリーさんが日本代表に選ばれた理由は、筑波大学で磨いたブロック力と、恵まれた身体能力を武器にした攻撃力にあります。
高校卒業後は、バレーボールの名門である筑波大学に進学しました。
大学1年生の時から試合に出場し、早くから活躍していたそうです。
大学では理論的な指導を受け、「頭を使うバレー」の面白さに目覚めたといいます。
この経験がプレースタイルを大きく変え、才能が一気に開花するきっかけになったそうです。
大学4年生時の全日本インカレでは、見事に優勝も果たしています。
大学3年生だった2021年末には、Vリーグのパナソニックパンサーズ、現在の大阪ブルテオンへの入団が決定しました。
現役大学生選手の加入はチームとして初めての試みで、当時大きな話題となりました。
そして2022年、初めて日本代表登録メンバーに選出されています。
同年のAVCカップでは全試合にスタメン出場し、銀メダル獲得に貢献しました。
その後も2023年のネーションズリーグに初出場し、国際大会での経験を着実に積んでいきます。
さらにパリ五輪予選や世界選手権にも出場し、日本を代表するミドルブロッカーへと成長していきました。
2024から25シーズンにはブロック決定本数91本、セット平均0.57本というリーグ屈指の数字を記録しました。
身長195センチながら最高到達点は350センチに達し、その俊敏さも高く評価されています。
本人はインタビューで「日本バレーのミドルの顔になる」という強い決意を語っています。
また「高校までは自信がなかった」と振り返っており、大学で自信をつけたことが日本代表への大きな転機になったといいます。
明るくユーモアがあり、努力家で自分を客観視できる性格も伝わっており、代表チームでもムードメーカーとして期待されています。
試合中にコート上で見せる愛嬌のある「ラリーポーズ」も、ファンの間で可愛いとSNSで話題になっているそうです。
プレー中の真剣な表情とのギャップが、ファンを魅了しているポイントのひとつのようです。
ちなみに、バレーボールを始めるきっかけとなった兄のエバデダン・ジェフリー・宇意さんも、現在Vリーグの富士通カワサキレッドスピリッツでプレーを続けています。
兄弟揃ってプロレベルで活躍している点も、注目を集めやすいポイントといえそうです。
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まとめ
今回はエバデダン・ラリーさんについてまとめました。
高校時代は「無名」どころか、春高3年連続出場やJOC選抜選出など、すでに全国区の実力を持つ注目選手でした。
そして筑波大学で「考えるバレー」に出会い、ブロック力と攻撃力に磨きをかけたことが日本代表入りの大きな理由となっています。
今では「日本バレーのミドルの顔になる」ことを目標に掲げ、世界レベルの選手へと成長を続けています。
これからも、エバデダン・ラリーさんのご活躍を応援していきましょう。
それではありがとうございました。

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