卓球界の次世代エースとして活躍し、パリ五輪代表にも選ばれた戸上隼輔さん。
「カミソリドライブ」と呼ばれる攻撃的なプレースタイルで世界を相手に戦い、2025年世界卓球では日本男子64年ぶりの金メダル獲得に貢献しました。
そんな戸上隼輔さんですが、明治大学時代にどのような飛躍を遂げたのか、そして3歳から卓球を始めて日本代表になるまでどのような道のりを歩んできたのか気になりますよね。
そこで今回は、
- 戸上隼輔さんは明治大学で覚醒したのか
- 3歳から卓球を始めて日本代表になるまでの軌跡
について詳しく見ていきましょう。
戸上隼輔は明治大学で覚醒した?

高校時代にインターハイ男子シングルスで優勝し、全国トップレベルの実力を持っていた戸上隼輔さん。
そんな戸上隼輔さんですが、明治大学進学後にさらなる飛躍を遂げたのでしょうか。
戸上隼輔さんは明治大学時代に国際舞台で大きく飛躍し、2021年アジア選手権で男子ダブルスと混合ダブルスの2冠を達成、世界卓球でも男子ダブルス銅メダルを獲得しました。
明治大学へ進学した戸上隼輔さんは、大学進学後にさらにレベルアップを果たしました。
2021年のアジア選手権では、男子ダブルスと混合ダブルスの両方で優勝という快挙を成し遂げています。
また、世界卓球では男子ダブルスで銅メダルを獲得し、国際舞台でも結果を出し始めました。
大学時代は競技面だけでなく、メンタル面でも大きく成長した時期だったようです。
2022年には全日本卓球選手権男子シングルスで初優勝を果たし、翌2023年も連覇を達成しました。
これは水谷隼さん以来6年ぶりとなる「全日本2連覇」という快挙でした。
全日本選手権初優勝後のインタビューでは「卓球を辞めようと思った時もあった」と率直に語り、その努力と情熱が伝わってきます。
2020年にはナショナルチーム入りを果たし、その後日本代表の常連選手となりました。
パリ五輪代表選考でも結果を出し、2024年パリ五輪では男子シングルスと団体に出場しています。
明治大学卒業後も成長を続け、2025年世界卓球では篠塚大登さんとの男子ダブルスで世界選手権優勝を果たしました。
これは日本勢64年ぶりの金メダルという歴史的快挙で、近年の戸上隼輔さん最大のトピックとなっています。
現在はドイツ・ブンデスリーガの強豪「オクセンハウゼン」に所属し、海外での武者修行も続けています。
2026年5月時点の世界ランキングでは18位と、日本男子の中では張本智和さんに次ぐトップクラスを維持しています。
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日本代表になるまでの軌跡!
世界トップレベルの実力を持つ戸上隼輔さん。
そんな戸上隼輔さんですが、いつから卓球を始めて日本代表になるまでどのような道のりを歩んできたのでしょうか。
戸上隼輔さんは3歳から卓球を始め、地元の松生卓球道場で育成され、中学2年で野田学園へ転校、高校で全国制覇、明治大学で国際大会ブレイク、そして日本代表からパリ五輪、世界卓球金メダルという王道のエリートコースを歩んできました。
戸上隼輔さんは3歳の時に卓球を始めました。
一家全員が卓球経験者という「卓球一家」に生まれ、卓球クラブに通っていた2人の兄の影響で自然とラケットを握りました。
父親の義春さんは1982年のインターハイで男子ダブルス優勝を果たした元王者で、まさにエリートの血統を引き継いでいます。
地元・三重県津市にある「松生卓球道場」で腕を磨き、5歳の時にはすでに「卓球で生きていこう」と決意していたという早熟なエピソードがあります。
小学校1年生からは週6日で道場通いという本格的な生活を送っていました。
学校後に道場へ直行し、宿題、遊び、夕方から練習、夜まで卓球という日々だったそうです。
小学生時代から全国大会で活躍し、全日本選手権バンビの部準優勝、ホープス準優勝など全国上位の実績を残しています。
中学時代には大きな転機が訪れました。
地元の津市立橋南中学校に進学しましたが、1年生の時の全国大会でライバルに完敗してしまいます。
これを機に強さを求めて、中学2年で山口県の強豪・野田学園中学校へ転校しました。
まだ10代前半で親元を離れて名門校へ行くのは、かなりの覚悟が必要だったはずです。
野田学園高校に進学すると、1年生から主力として活躍しました。
2018年にはインターハイ男子シングルスで優勝し、高校時代に全国トップへと駆け上がりました。
高校で一気に全国区の選手となった戸上隼輔さんは、その後明治大学へ進学します。
大学時代には前述の通り、国際舞台でも結果を出し始め、日本代表の常連選手となりました。
戸上隼輔さんの代名詞は「カミソリドライブ」と呼ばれる必殺技です。
回転量とスピードが強烈で、スイングの速い両ハンドドライブとチキータが武器となっています。
対戦相手が「打球が見えない」と漏らすほどの破壊力を誇ります。
また、戸上隼輔さんは自他ともに認めるプロレスファンで、特にアントニオ猪木さん好きとして知られています。
優勝インタビューで「元気ですかー!」をやったことで話題になり、試合前の闘志を燃やす源泉になっているようです。
試合中の鋭い表情とは裏腹に、普段は穏やかで天然な性格として知られ、プレーと素顔のギャップが魅力となっています。
髪型の変化から「アフロ戸上」という愛称で話題になったこともあります。
代表チーム内でもムードメーカー的存在で、張本智和さんらとも仲が良いことで有名です。
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まとめ
戸上隼輔さんは明治大学時代に国際舞台で大きく飛躍し、アジア選手権2冠や世界卓球銅メダルを獲得しました。
3歳から卓球を始め、松生卓球道場で育成され、中学2年で野田学園へ転校、高校で全国制覇、明治大学で国際大会ブレイク、日本代表からパリ五輪、世界卓球金メダルという王道のエリートコースを歩んできました。
これからも戸上隼輔さんのご活躍を応援していきましょう。
それではありがとうございました。

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